原爆資料館~平和公園への行き方【長崎・観光旅行】
スポンサーリンク

 

 

皆さん、長崎で平和を祈りましょう。

長崎と広島の核廃絶運動に対する姿勢の違いを「怒りの広島」「祈りの長崎」と言われるそうです。

広島は代表的な原爆詩集『にんげんをかえせ』が被爆者の怒りを表しており、長崎はキリスト教信者が多く、代表文学『長崎の鐘』が世界平和を訴える作品であることが影響しているようです。

 

長崎の主な観光スポット

ざっくりですが、長崎には以下のような観光スポットがあります。ここ以外にも、佐世保、平戸、五島列島なども有名ですね。

 

長崎市内の主な観光スポット

➀グラバー園~大浦天主堂
➁原爆資料館~平和公園
➂亀山社中(坂本龍馬)
➃新地中華街~出島
➄長崎の1000万ドルの夜景

 

長崎市外の主な観光スポット

➅軍艦島(端島)
➆ハウステンボス
➇島原・雲仙方面

 

今回は、➁原爆資料館~平和公園への行き方について、ご紹介させていただきます。

 

原爆への思い

長崎といえば、1945年(昭和20年)8月9日に、プルトニウム型の原子爆弾を投下されました。

亡くなった僕の祖母が、そのとき大牟田にいて「畑仕事をしているときに、長崎の方がすごい光った。」と言っていました。

みんなで「何があったんやろうね?」と話していたら、あんなことがあって、みんな怖がっていたそうです。

 

目を背けてはいけない

うちの両親なんかは、太平洋戦争や原爆の悲惨な映像や写真を見ると、しんどくなるから見たくないと言うんです。

まぁ、じいさんばあさんが嫌がっているのに、無理矢理ってわけにもいかないですけど、僕らは自分の目で見ておく必要があると思うんです。

でないと、『戦争しないと北方領土は取り返せない』とかバカなことを言う政治家が出てきちゃうじゃないですか?

あれは本当にバカだと思いますけど、本音ではああいうのと変わらない政治家がゴロゴロいるんじゃないかと思っています。

 

実際に現場に行かないとわからない

長崎で悲惨なことがあったということは知っていますが、やはり現場に行かないとわからないと思うんです。

僕が旅行を勧める理由ですけども、人間って簡単にパッと切り替えられないというか、デジタルにはできていません。現場に行って、そこの空気を感じてこないと、自分事にならないと思うんです。

沖縄に行くとわかりますが、あちこちに米軍基地があって、定期的にまぁ器用に、米軍機がボトボト墜落するじゃないですか。あんなの自分が沖縄に住んでたら、そりゃ怒りますよ。

まして、沖縄戦でめちゃめちゃアメリカ兵によってひどい目にあって、大事な人たちがたくさん殺されていって、気が触れてしまった人もたくさんいるわけです。

それが今も続いていることを忘れてはいけないと思います。

 

『ハイサイおじさん』の真実

「ハイサイおじさん」って喜納昌吉さんの歌がありますが、あの歌は決して楽しい歌ではありません。

曲調が沖縄って感じでポップで、指笛を吹いてるから勘違いする人がいますけど…。

あの歌は沖縄戦の傷跡を生々しく歌っていて、モデルのおじさんはかつて喜納家の隣人だったけど、おじさんの奥さんが精神に異常をきたして、実の娘の首を切り落として鍋で煮るという事件を起こしたために、村八分にあいました。

そこで以前から交流のあった喜納家に、酒を無心に来るようになったそうです。

この孤独な「おじさん」との触れ合いの中で「おじさんに歌を作ってあげよう」と思い立った喜納昌吉さんが作詞作曲したのが、「ハイサイおじさん」という歌です。

 

原爆資料館から平和公園へ出掛けよう

長崎に来たからには、戦争の悲惨さから目をそらさずに、少しでも向き合いたいなと思い、僕も原爆資料館~平和公園に行ってきました。

原爆資料館では、被爆の惨状をはじめ、原爆が投下されるに至った経過、および核兵器開発の歴史、平和希求などストーリー性のある展示が行われています。

平和公園は、原爆の爆心地公園の北側の小高い丘にあり、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと世界平和への願いを込めてつくられた公園で、有名な「平和祈念像」「平和の泉」があります。

 

長崎原爆資料館の概要

長崎原爆資料館
所在地 〒852-8117 長崎市平野町7番8号
電話番号 095-844-1231
休館日 12月29日~12月31日
開館時間 4月、9月~翌3月 8:30~17:30(入館は17:00まで)
5月~8月      8:30~18:30(入館は18:00まで)
8月7日~9日        8:30~20:00(入館は19:30まで)
URL https://nagasakipeace.jp/japanese.html

 

長崎原爆資料館への行き方

長崎原爆資料館へは、路面電車が便利です。バスでも行けますが、観光客は迷う確率が低い路面電車が良いと思います。

路面電車『原爆資料館』駅からの行き方

路面電車で、「赤迫」行きに乗り『原爆資料館』駅で降りてください。

ローソンを目印に、奥に見える坂を登っていきます。

この坂道は「セントポール通り」と呼ばれています。

登ってすぐに、ここに出てきます。

右上に行くと『長崎市平和会館』です。興味のある方はこちらにも行ってみてください。

ここから中を通って、原爆資料館へも入ることができます。

左折すると、原爆資料館の入口が見えてきます。

 

原爆資料館の展示内容

それでは、原爆資料館の展示を見て回りましょう。

原爆が炸裂した1945年(昭和20年)、午前11時02分で止まったまま、壊れた時計。

原爆のすさまじい破壊力を見せつけるられる展示が続きます。

思ってた以上にひどかったです。核兵器は絶対にダメです。

展示内容がすごすぎて「自分の前が突然ピカッと光って、爆風が襲ってきたら、どうしよう…。」と考えていました。

 

プルトニウム型原子爆弾ファットマン

長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾、通称「ファットマン」の実物大模型

広島に投下されたウラン型の原子爆弾「リトルボーイ」の約1.5倍の破壊力をもつと言われます。

この原爆が炸裂すると、数100万度もの熱が発生するそうです。

ウラン型とプルトニウム型の2つの原子爆弾を投下することで、アメリカは、日本人を使って人体実験をしたのです。

絶対に許せない暴挙です。その結果、何の罪もない人々が一瞬で殺されました。

呆然と立ち尽くす少女の足元に、焼け焦げた子供の遺体が…。

 

原爆資料館から爆心地公園への行き方

続いて爆心地公園に向かいましょう。

原爆資料館の出入口を右折して、この道を道なりに進んでください。

ちなみに、原爆資料館の出入口を左折してすぐの、この階段を降りても「爆心地公園」に着くことができます。

 

爆心地公園の中の慰霊碑(原爆落下中心地)

この碑が、原爆の落下地点です。

この上空、約500mで原爆が炸裂しました。

 

爆心地から平和公園への行き方

爆心地公園から、いったん大通り(国道206号線)に出ます。 

国道206号線を右折して進むと、すぐ『平和公園』が見えてきます。

階段横のエスカレーターで上がっていきます。

 

平和の泉

のどが渇いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました

―あの日のある少女の手記から―

原爆のため体内まで焼けただれ、水を求めながら亡くなった犠牲者の冥福を祈り、全国からの寄付で建設されました。

 

平和祈念像

平和公園の一番奥に、平和祈念像があります。

長崎出身の彫刻家・北村西望氏の作で、1955年(昭和30年)完成。

像の高さ約9.7m、重さ約30トンの青銅製で、「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と、作者の言葉が台座の裏に刻まれています。

 

平和公園から浦上天主堂へ

平和祈念像を抜けて、平和公園を出てすぐ右折すると、小さな公園があります。

前に見える茶色い教会が『浦上天主堂(浦上教会)』です。 

僕は歩き疲れて行かなかったのですが、行ってみたい方は、横の階段を降りていってください。徒歩でもすぐに行けます。

浦上天主堂(浦上教会)
所在地 〒852-8112 長崎市本尾町1-79
電話番号 095-844-1777
内覧時間 9:00~17:00
休日 年中無休
URL http://www1.odn.ne.jp/uracathe/

 

平和公園から路面電車の駅へ

浦上天主堂へは行かない場合は、平和公園を抜けてすぐ左折して、ここをまっすぐ下っていくと、国道206号線に出ることができます。

国道206号線に出て、右折-路面電車「大橋」駅左折-「平和公園」駅

 

大橋駅の方が近いですが、歩道橋を渡らないといけないので、足が不自由な方は、左折して平和公園駅を目指してください。

平和公園駅も徒歩12分なので、それほど遠いわけではありません。

 

原爆反対!戦争反対!

今回、長崎原爆資料館~爆心地公園~平和公園と回ってみて、改めて戦争は絶対にしてはいけないと思いました。

戦争なんて、権力者が自分のエゴや虚栄心でやるものです。

奴らのような薄汚い連中は、口では「国のため、国民のため」と言いますが、そんなことは人間の歴史が始まってから一度もありません。

敵をつくって煽動して、戦争しか選択肢がないかのごとく国民を騙して、戦争していく。

一番弱い人がもっとも苦しみ、悲惨な思いをすることになります。

この原爆投下にしても、時の軍部政府がさっさと負けを認めて、無条件降伏をすぐに受け入れていたら、こんなことにはならなかったかもしれません。

軍部のメンツだけで、戦争を長引かせたことで悲しい歴史となりました。

今は一応おとなしくしていますが、防衛省幹部はかつての軍部の伝統を受け継いでいる連中だと思っているので、僕は彼らを警戒しています。

末端の自衛隊員は使われているだけなので、さすがに問題ないと思いますけど。

また、アメリカも『原爆を落としたから、早く戦争が終わった。だから、原爆投下は正義』などという身勝手な理屈は、絶対に許されません。

昭和20年初めにはもう勝負はついていたわけで、戦後の対ソ連を見据えて、威嚇のためだけの原爆投下で、人間が無慈悲に殺されました。

また、黄色人種の日本人を使った人体実験であったことは疑いありません。

戦争は人の優しさ、思いやりを奪い、怒り憎しみを増幅させ、復讐の連鎖を産みます。

『戦争ほど残酷なものはない。戦争ほど悲惨なものはない。二度と戦争を起こしてはいけない。』ということを、改めて感じました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

お得に旅行したいなら、まずはExpediaで探してみましょう!僕もいつも使っています↓

スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事