新地中華街~出島への行き方【長崎】
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長崎といえば、和華蘭文化といわれます。

中国・朝鮮大陸にもっとも近いため、向き合わざるを得なかったのかもしれません。

また、出島が築かれたため、江戸時代初期に世界の覇権国家だったオランダの文化も含んでいます。

新地中華街~出島を散策して、歴史を感じる旅に出掛けましょう。

 

長崎の主な観光スポット

ざっくりですが、長崎には以下のような観光スポットがあります。ここ以外にも、佐世保、平戸、五島列島なども有名ですね。

 

長崎市内の主な観光スポット

➀グラバー園~大浦天主堂
➁原爆資料館~平和公園
➂亀山社中(坂本龍馬)~眼鏡橋
➃新地中華街~出島
➄長崎の1000万ドルの夜景

長崎市外の主な観光スポット

➅軍艦島(端島)
➆ハウステンボス
➇島原・雲仙方面

 

今回は➃新地中華街~出島の行き方について、ご紹介させていただきます。

 

新地中華街~出島への行き方

新地中華街~出島一帯はコンパクトなエリアです。ですので、徒歩で十分に見て回れます。

 

路面電車『新地中華街』or『出島』駅から

長崎の路面電車は、駅と駅の間隔が短いのですが、『新地中華街』と『出島』駅は直線距離だと200mくらいしかないと思います。

どう表現したら良いか難しいのですが、200mの範囲内でグルッと回ってくるだけという感じなんです。

なので、どちらでもいいんですけど、『新地中華街』駅から紹介させていただきます。

 

『新地中華街』駅は便利!

長崎の路面電車って、正直なところ、旅行者には使いにくいです。なんといっても、路線がわかりにくいです。

SUICAも使えないのは、改善して欲しいところです。

ただ、その中でも『新地中華街』駅は乗換駅ですし、比較的わかりやすくて、どこにも行きやすいです。

『新地中華街』駅を降りたら、中華街は歩いてすぐです。

 

長崎新地中華街

江戸時代の鎖国時においても、当時の人口約7万人の長崎には、約1万人の中国人(華僑)が住んでいたそうです。

すごい割合ですね!

その華僑たちが唐人屋敷に住んでいたのが、明治以降に国際解放された後に多く移り住んだのが、この『長崎新地中華街』です。

 

はっきり言って、さびれてる…

僕は別に長崎の人間ではないので、変な忖度しません。正直いって、新地中華街にあまり期待しない方がいいです。

下手したら、1時間もちません。僕は買い物もほとんどしないので、30分もちませんでした。

まず、全体で、実質100m四方ほどしかありません。

しかも、食べ物はたしかに美味しいですけど、観光地価格ではっきりいって値段が高いです。

でも、間がもたないし、お腹が空いていたので、ちゃんぽんと炒飯を食べました。

それと角煮マンも♥って食べ過ぎやろ!って感じですが、それくらいしかすることがありません。

 

夜はもっと寂れている…

夜に行けば、ライトアップされてキレイになってるかなと思って、回ってみました。

しかし、確かにきれいにライトアップはされているものの、PM8時にはほぼ店が閉まってしまうので、夜に楽しみにしてきても、期待外れで終わると思います。

ですので、夜に新地中華街に行く場合には、夜7時までには着いておいてください。

でないと、『店もほぼ閉まってるし、誰も人がいないやん!』ということになります。

正直な感想としては、「まぁ、いちおう見てきたよ。」というだけでした。

夜もタクシーが客を拾おうと、周囲をグルグル回っていましたが、空しく流しているだけという感じでした。

なので、夜に中華街を飲み歩こうというのにも向きません。昼でも30分~1時間もあれば十分です。

 

結論

結論として、ここ新地中華街に、過剰な期待は禁物です。

少し見て回って『ちょっとおやつ的なものをつまめればいいかな。』くらいに思っておいた方がいいです。

残念ですが、中華街を見るなら、日本なら横浜中華街が一択ではないでしょうか?

ちなみに、僕の地元の神戸の南京町という中華街も、はっきりいってショボいので、オススメできません。

本音をいえば、中華街を見たいのなら、『台湾・台北』にお出掛けになることをオススメします。

本当は褒めたかったのですが、ウソはつけないので、長崎の方はごめんなさいね。

 

出島で江戸時代にタイムスリップ

新地中華街を見て回ったら、出島に行って、歴史を感じる旅を楽しみましょう!

出島を復元した出島和蘭商館も、『新地中華街』駅or『出島』駅から、徒歩ですぐの距離にあります。

下の画像のうち、右側が出島になります。

 

出島の歴史

出島の歴史を、簡単におさらいしておきましょう。

 

元々はポルトガル人を管理するためのもの

1571年にポルトガル船が入港して、長崎は国際都市として発展していきます。

ポルトガル人はフィリピンやマカオを通って、南方から日本へ来たため、南蛮人と呼ばれていました。

彼らは鉄砲などの魅力的なものも持ち込みましたが、キリスト教の布教も進めていきます。

キリスト教の布教とともに、侵略も行われていたため、それを警戒した豊臣秀吉は、キリスト教の弾圧を行いました。

 

出島が作られた背景

そして、1634年にポルトガル人を管理する目的で作られたのが出島です。

1600年に関ヶ原の合戦、1603年に江戸幕府ができ、1615年に大坂夏の陣で豊臣家が滅びていますから、江戸幕府としては3代将軍・徳川家光の時代で、ちょうど鎖国が行われていく時代ですね。

その後、1638年に島原の乱を鎮圧した後、キリスト教徒であるポルトガル人を追い出し、代わりに平戸にあったオランダ商館を出島に移転させてました。

そこから、幕末にその役割を終えるまで200年以上にわたって、出島は日本とヨーロッパをつなぐ唯一の接点、世界に開かれた場所だったといえるでしょう。

 

出島和蘭商館

それでは、出島を散策していきましょう。

出島和蘭商館
所在地 〒850-0862 長崎市出島町6-1
電話番号 095-821-7200
定休日 年中無休
営業時間 8:00~21:00 ※最終入場20分前まで
URL https://nagasakidejima.jp/

 

江戸時代にタイムスリップ!

入口は、路面電車『出島』駅側と『新地中華街』駅側の2カ所あります。

こちらは新地中華街から、すぐの入口(東側)。

ハイカラやね!

何かよくわからないけど、西洋って感じ!

ミニ出島の模型

広くはないけど、いい感じです。

出島橋

貴重な展示品が多数!めちゃくちゃ暑かったから、目的の半分は涼むこと!

時代を感じるレボルバー

輸入品に見えますが、実はヨーロッパ向けの輸出品

17.5畳の部屋

カピタン(商館長)の大広間

オランダ商館長の部屋。日本とオランダの融合。

歴史好きな人は、かなり楽しめます。

輸入品の砂糖などをはかっていた秤

皆さん思い思いに散策されていました。

当時の長崎の人は、外からこういうの見て、胸をときめかせていたのでは。

今でも通用するデザインかもしれない。

こんな船で、はるばるやってきていたんですね。

江戸時代では、最先端の町だったでしょうね。

西側(出島駅・海側)の入口です。こちらが『出島』駅側の入口になります。

 

長崎出島ワーフで、海を見ながら食事でも!

新地中華街~出島と来て、もう少し時間的に余裕があったら、長崎出島ワーフへ出掛けてみましょう。

出島和蘭商館からさらに海に歩いて行くと、すぐ長崎出島ワーフに出ることができます。

 

長崎出島ワーフ

ベイエリアに広がる複合商業施設「長崎出島ワーフ」。夜はライトアップされて、とてもキレイですよ!

長崎出島ワーフ
所在地 〒850-0862 長崎市出島1-1-109
電話番号 095-828-3939
URL http://dejimawharf.com/

 

海沿いで風が気持ちいいですし、オシャレなお店も多いです。

港なので、船もたくさん停泊しています。

このカプチーノ有名らしいです。左が坂本龍馬。右が岩崎弥太郎。

夜はライトアップされていて、いい感じ!

夜はやはりカップルが多かったです。

 

最後に

新地中華街~出島和蘭商館~長崎出島ワーフ、いかがだったでしょうか?

本当に長崎は見るところが多くていいですね。歴史を感じながら、散策されては、いかがでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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