今年の箱根駅伝では、青山学院大学が圧勝しました。
昨年2019年の第95回大会は2位でした。5連覇は確実といわれていましたし、自分たちも間違いなく勝てるという自信があったはずです。
しかし、4区5区と連続してブレーキとなってしまい自滅しました。それだけに、今年は絶対に去年の借りを返すという思いでいたはずです。
しかし、前回優勝した東海大学の4年生は黄金世代と呼ばれ、戦力を比較すると、青山学院大学より上だったと思います。
弱者が強者に勝つためには、知恵を出して戦うしかありません。
まずは、互角に戦える戦力を整えること。そして、たとえ戦力で負けていても、箱根駅伝では勝てる戦略を練ること。
最高の作戦、最高の行動。このどちらが欠けても勝てなかったはずです。
そこで、今回、青山学院大学が優勝できた勝因を、戦術面から考えてみました。
目次
青山学院大学の戦術
青山学院大学のとった戦術ですが、3段階を経て、やることを絞っていったと思っています。
②ターゲットの取る戦術を見極める
③ターゲットの戦術に合わせて、こちらの戦術を練る
①青山学院大学のライバルとなる大学はどこなのか?を定め、
②そのライバル校の取る戦術を見極め、
③その戦術に対抗できる戦術を練っていく、この流れで考えていったはずです。
①ターゲットを決める
戦術を考えるときに、限られた戦力の中で勝つために、やることを絞って減らさなければいけません。
どの大学がライバルとなるかを把握して、それ以外の大学は無視する。
考えをシンプルにして、やるべきことを正確に見極めるためです。
まずは各校の戦力分析
まず、第一に考えたであろうことは、各校の戦力分析であるはずです。
青山学院大学の戦力がどれくらいで、他校の中でライバルとなる大学はどこなのか?
まずは5強と呼ばれる青山学院大学、東海大学、東洋大学、駒澤大学、國學院大學。それと帝京大学くらいは分析したでしょう。
青山学院大学にとって、この6校以外の大学は無視していいはずです。シード権争いをしている大学は、青山学院大学のライバルにはなりませんから。
そして、戦力を考えるときに、まず各校のレギュラー選手が最高の走りをしたとして、どれくらいのタイムで走るのかを検討します。
まず、帝京大学。
10000mのベストタイム28分台の選手が7人もいるので、強い大学ではありますが、青山学院大学はもっと選手層が厚いですし、帝京大学は5区6区の山が弱いです。ここはライバルにはなりません。
続いて國學院大學。
出雲駅伝で初優勝していますが、出場人数が増えて走行距離が長くなる全日本大学駅伝では、層の薄さを露呈しています。そして彼らの目標は、往路優勝と総合3位。
総合優勝できるチーム力がないことは、彼らが一番よくわかっています。よくて総合3位の大学ですから、ここもライバルにはなりません。
次に駒澤大学。
1年生の田澤廉選手は確かにすごいですが、ここの選手層も、青山学院大学より1枚落ちます。それにエース中村大聖選手は、出雲駅伝の走りを見ても好不調の波が大きく、エースとしての安定感に欠けます。
駒澤大学が最高の状態で走れたとしても、青山学院大学が負ける戦力ではありません。
続いて東洋大学。
東洋大学の選手の持ちタイムを見たとき、すべてうまく回ったときに往路優勝はありうるかもしれません。でも、復路は層の薄さを隠せません。
2019年の全日本大学駅伝も、途中3区でエース相澤晃選手がトップに立って、大きくリードしたにも関わらず、最後は5位まで落ちてしまっていますしね。
ライバルは東海大学のみ
最後に、東海大学。前回の箱根駅伝で優勝しています。
さらに2019年の全日本大学駅伝でも、ベストメンバーではないにも関わらず優勝しています。
東海大学がもし箱根駅伝をベストメンバーで来たら、東海大学の方が青山学院大学より戦力は上でしょう。
そう考えると、青山学院大学にとって、ライバルとなりうるのは東海大学だけ。結論として『東海大学への対策だけを考えればよい』ことになります。
②東海大学の戦術を見極める
東海大学は4年生が黄金世代と呼ばれ、実力のある選手が揃っています。
館澤亨次、鬼塚翔太、小松陽平、郡司陽大、松尾淳之介、西川雄一朗。今年の箱根駅伝には出られませんでしたが、關颯人、阪口竜平、中島怜利までいます。
これに、3年生の塩澤稀夕、名取燎太、西田壮志。2年生は市村朋樹。1年生はハーフマラソンで1時間2分11秒の松崎咲人が加わります。
ざっと名前が挙がっただけでも、この14人が万全なら、どんな戦術を駆使しても勝つことは難しかったでしょう。
青山学院大学が東海大学に負ける展開
昨年の箱根駅伝で、青山学院大学は3区でトップに立っていました。
しかし、4区でブレーキとなり、3位に順位を落とします。さらに5区もブレーキで、6位まで順位を落としてしまいます。
対する東海大学は2位で往路を終えました。両校の差は4分16秒まで広がってしまいました。
その後、東海大学は復路でトップに立ち、総合優勝。
青山学院大学は復路にめちゃくちゃ強い選手を残していたため、巻き返したものの、それでも復路5区間・約110kmで、東海大学とは35秒しか縮めることができませんでした。
このように前回の箱根駅伝を見ても、往路で東海大学の後ろにいる状態だけは、絶対に避けたかったはずです。
勝つためには『往路で絶対に東海大学より前にいなくてはならない』
それも出来るだけ差をつけて。
東海大学はどんな区間配置をしてくるだろう?
昨年、箱根駅伝を優勝している東海大学は、うまくいった区間配置を変えることは嫌なはずです。下手に変えると、思わぬ失敗を招きかねないからです。
東海大学の去年の区間配置を見てみましょう。
1区 | 鬼塚翔太(3) | 6区 | 中島怜利(3) |
2区 | 湯澤 舜(4) | 7区 | 阪口竜平(3) |
3区 | 西川雄一朗(3) | 8区 | 小松陽平(3) |
4区 | 館澤亨次(3) | 9区 | 湊谷春紀(4) |
5区 | 西田壮志(2) | 10区 | 郡司陽大(3) |
2区と9区は4年生なので、卒業しています。ですから、2区と9区に残っている力のあるランナーを入れれば、鉄壁の布陣になります。
しかし、6区の中島怜利選手は原因不明の不振により、昨年の箱根駅伝以降はまともに走れていません。
7区の阪口竜平選手も不振で、出雲駅伝の2区5.8kmの途中で遅れてしまっています。20km以上ある箱根駅伝で起用するのは難しいです。
人気のイケメンスピードランナー關颯人選手もケガで走れません。
さらに、4区・主将の館澤亨次選手もケガで、この1年ほとんど走れていません。結果として箱根駅伝に間に合って、6区で区間新記録を樹立することになりますが…。
逆に、そのままで来ることが予想されるのが、1区、3区、5区、8区、10区です。
特に、8区・小松陽平選手は、昨年この区間でトップに立った上に、区間新記録を樹立していますので、まず動かすことは考えにくい状況です。
こうして見ると、優勝候補筆頭とみられる東海大学も決して万全ではないことがわかります。
陸上競技というのは本当にデリケートで、消耗するスポーツですね。
青山学院大学が東海大学に付けいる隙
東海大学の選手が全員万全の状態であったなら、青山学院大学が今年の箱根駅伝で勝つことは難しかったと思います。
東海大学が下記のオーダーを組んで、本来の実力を発揮できる状態であったとしたら、きっと原晋監督は今回と違う区間配置をしたはずです。
1区 | 鬼塚翔太(4) | 6区 | 中島怜利(4) |
2区 | 關 颯人(4) | 7区 | 阪口竜平(4) |
3区 | 名取燎太(3) | 8区 | 小松陽平(4) |
4区 | 館澤亨次(4) | 9区 | 西川雄一朗(4) |
5区 | 西田壮志(3) | 10区 | 郡司陽大(4) |
でも、東海大学がこのオーダーだったら、さすがに手も足も出なかったはずです。でも、そうはならなかった。
特に、6区・中島怜利選手が出られないのが痛かったと思います。こういう特殊区間で計算できる選手がいると、監督としては余計なことを考えずに、他の区間に主力を投入することができます。
しかし、6区が固まらなかったので、誰か他の主力をここに置かないといけなくなってしまった。
ここが青山学院大学が東海大学に付けいる隙だったと思います。
もし、館澤亨次選手が2、3、4区のどこかでフルスピードで駆け抜けていたら、青山学院大学はもっともっと苦しい展開となったはずです。
東海大学の実際のオーダーは、以下の通りです。
1区 | 鬼塚翔太(4) | 6区 | 館澤亨次(4) |
2区 | 塩澤稀夕(3) | 7区 | 松崎咲人(1) |
3区 | 西川雄一朗(4) | 8区 | 小松陽平(4) |
4区 | 名取燎太(3) | 9区 | 松尾淳之介(4) |
5区 | 西田壮志(3) | 10区 | 郡司陽大(3) |
1区の鬼塚翔太選手はスピード・スタミナもあり安定感もあります。ここで差をつけることは難しいでしょう。
2区の塩澤稀夕選手はスピードランナーですが、スタミナに不安があります。ここは付けいる隙がありそうです。
3区の西川雄一朗選手は前回、区間7位。トータルで優れていますが爆発力はない。付けいる隙があるとすれば、ここかもしれないですね。
4区の名取燎太選手は、全日本大学駅伝MVP。この選手もトータルで優れています。
5区の西田壮志選手は、山登りを得意としています。ここで差をつけるのは難しそうです。
復路は青山学院大学よりも、実力のある選手が揃っています。ということは、往路でリードしておくしか、勝つ方法はありません。
この10人のメンバーを単純比較すると、東海大学の方が実力は上だと思います。
③青山学院大学の戦術
東海大学のオーダーは正確に予想することは無理でも、ある程度の予想ができたところで、往路で東海大学より前にいなくてはいけません。
総合的な戦力で劣る以上は先手必勝!往路に主力を投入して、できるだけ早くリードを奪わないといけません。
そして、復路はなんとかして、そのリードを守っていく。
ただし、東海大学も必死で追いかけてきますから、リードがあったとしても攻めた走りをしないといけません。
青山学院大学の弱点は、6区と7区
往路で貯金があったとしても、東海大学が青山学院大学に付けいる隙があるとすれば、6区と7区であったはずです。
6区を走った谷野航平選手は本来1500mなどの中距離では抜群の強さを持つ選手ですが、10000mの持ちタイムは29分36秒、ハーフマラソンでは1時間4分16秒です。
このタイムでも十分に速いのですが、優勝を狙うチームとしてはそれほど速いタイムとはいえません。
7区の中村友哉選手の持ちタイムは、10000mは28分31秒と速いですが、ハーフマラソンでは1時間6分37秒ですから、スタミナに不安ありといえます。
結果として、6区も7区も無難に走ってくれたので、全く問題なかったのですが、東海大学と比べて力が落ちるとすれば、この2区間だけでした。
でも、東海大学も戦力は万全ではなかったので、往路に主力を配置できなかったことで出遅れてしまい、苦し紛れに6区にエース館澤享次選手を配置しました。
結果として、3、4、5区で差をつけられてしまって、往路の差を復路で挽回することはできませんでした。
2区・岸本大紀選手の起用もかなり不安だった
今年の箱根駅伝で、原晋監督はエース区間である2区で、初めて1年生の岸本大紀選手を起用しました。
原監督は本当は2区に、吉田圭太選手、吉田祐也選手、神林勇太選手など、主力を起用したかったはずですが、あらゆる展開を想定するとそうもいきません。
そうとう頭を悩ませたはずです。
もちろん岸本選手に実力があると見込んで起用したわけですし、出雲駅伝の2区で区間賞、全日本大学駅伝は2区で区間5位と、立派な成績を残してはいます。
岸本選手の走力とともに、練習時でも先輩に喰らいついていく気持ちの強さも買っていたに違いありません。
でも、もし2区でブレーキになってしまったら、そこで終わりですし、やはり1年生はどこまでやれるのか読めないので、相当不安だったはずです。
しかし、マスコミの前で『1年生の岸本はすごい!』と連呼することで、それを目にした岸本選手が自信をつけるように仕向けたのではないでしょうか。
ですが、戦力に劣る青山学院大学がなんとかして勝つための苦肉の策だったはずです。
原監督の戦術は明確だった
東海大学が往路を全力で攻められない状態ですが、それでも青山学院大学の方が戦力は劣る状態。
原晋監督が取る策は、復路が多少手薄になったとしても、往路で東海大学の前に出て、出来るだけ差をつけておくこと。
復路で、東海大学に差を詰められることは想定内であったはずです。
王者・青山学院大学といえど、すべての部員が速いわけではなく、手駒は限られています。もちろん他大学からすれば、十分すごい戦力ではありますけど。
そうなると、往路に主力を起用して『どんなに悪くても、4区で東海大学の前にいる状態を作らないといけない』という結論を導き出せます。
それには1区2区を耐え抜いて、3区4区の主力でトップを奪って、東海大学との差を広げて、序盤で決着をつけるという作戦。
5区以降もしっかり走れるメンバーを残しながら…。
限られた戦力で、東海大学に勝つには、この方法が一番良い方法だったのでしょう。青山学院大学のオーダーは下記の通りです。
1区 | 吉田圭太(3) | 6区 | 谷野航平(4) |
2区 | 岸本大紀(1) | 7区 | 中村友哉(4) |
3区 | 鈴木塁人(4) | 8区 | 岩見秀哉(3) |
4区 | 吉田祐也(4) | 9区 | 神林勇太(3) |
5区 | 飯田貴之(2) | 10区 | 湯原慶吾(2) |
1区の吉田圭太選手は、青山学院大学のエースです。ハーフマラソンで1時間1分46秒という、学生トップクラスのベストタイムを持っています。
2区の岸本選手を楽な位置で走らせるという狙いだったでしょうが、あわよくばトップに立ってそのまま勝ってやろうという思いでいたはずです。
青山学院大学が思い描く理想型は、1区でトップに立って、区間が進む毎に、後続との差がどんどん広がっていくことですからね。
「後から逆転できる!」戦力があったとしても、序盤リードを許していて、どこかでブレーキしたら、そこで終わりです。
先にリードしていれば、たとえどこかでブレーキしても、後から挽回できる可能性が残りますから。
2区・岸本大紀選手はつなぎに徹して、とにかく先頭に付いていく。もしトップに立っても、急いで仕掛けてはいけない。また他の選手を刺激して、ペースがコロコロ変わらないようにする。
3区・鈴木塁人選手は主将です。できれば、ここでトップに立ちたい。もしくはトップが見える位置でつなぎたい。
東海大学の西川雄一朗選手はハーフマラソンで1時間2分42秒のベストタイム。十分にすごいタイムですが、鈴木塁人選手は1時間1分45秒ですから、1分近く速い。
ここで東海大学との差をできるだけ広げたいところです。
4区・吉田祐也選手。ここで絶対に東海大学より前に出ていなくてはいけません。勝負区間です。
でも、東海大学の名取燎太選手の方がハーフマラソンのベストタイムがいいですから、3区の結果によっては苦しくなる可能性があります。
5区・飯田貴之選手は平地も登りも得意な選手。昨年、東海大学の西田壮志選手は1時間11分18秒で走っています。
でも4区でリードできていれば、設定タイム1時間11分~1時間11分30秒で走ることができれば、往路で東海大学の前にいれそうです。
どちらにしろギリギリの攻防になりそうです。
2020年・第96回箱根駅伝・本戦
考えに考え抜いた青山学院大学の戦術。
準備は全てやりきりました。あとは本番を思いっきり楽しむ!でも、何がなんでも勝つ!
箱根駅伝・本戦はどのように展開して、原監督はどんな気持ちだったのでしょうか。
1区の戦況
1区は絶対に遅れられませんが、18km過ぎの六郷橋から鶴見中継所までしか仕掛けどころはないので、東海大学から悪くても30秒以内で入ってきてくれれば良かった。
もちろんできるなら、東海大学より前で2区につなげる方がいいですけど。
吉田圭太選手は区間7位でしたが、トップから18秒差。東海大学とは7秒差でしたから、十分に合格点です。
本人は青山学院大学のエースとして、もっと上位に入りたかったでしょうけども。
1区は大きな鍵となる区間ですが、戦術なんか特にないですね。
『とにかく離されないように先頭集団に付いていって、六郷橋を越えてからの最後のスパート合戦に勝って、できるだけ前でたすきをつなぐ!』
これしかありません。でも、特別な戦術がないということは、モロに走力の差が出る残酷な区間ともいえますね。
2区の戦況
今年の青山学院大学にとって、2区はつなぎ区間でした。
その証拠に、岸本大紀選手は先頭集団につくまではかなり突っ込んで入りましたが、前に出ることは一切しませんでした。最後に余裕があったから、仕掛けただけですね。
ですから2区は、岸本選手と原監督にとって、願ってもない展開となってくれました。
青山学院大学にとって、2区の嫌な展開は以下の3つだったことでしょう。
②仕掛け合いに巻き込まれて、終始ゆさぶられ続ける。
③圧倒的スピードで置き去りにされ、ズルズル後退。
①の展開だと、本当にどうしようもないです。後方でごぼう抜きなんかしても日テレが喜ぶだけで、優勝争いをするチームが望む展開ではありません。
②の展開は、体力や経験に劣る1年生が、各校エースの仕掛け合いに巻き込まれて、ペースがコロコロ変わって揺さぶられ続ければ、さすがにきつかったはずです。
③の展開も、グイグイ速いペースで引っ張られて、ついていけなくなってズルズル後退していく。そんな展開に陥ってしまうと、後半どこまで落ちていくかわかりません。
でも、実際はトップで走っていた創価大学のムソニ・ムイル選手は、2区の後半の坂を警戒して、序盤ゆっくり入りました。
2位の國學院大學の主将・土方英和選手は、ムイル選手の持ちタイムも強さも知っていますから、牽制してしまい、ムイル選手と一緒にゆっくりしたペースで並走。
國學院大學は往路優勝を狙っていました。
ですから、國學院大學は1区で青山学院大学や東海大学の前に出たときに、彼らに追いつかれないように、序盤は突っ込んで入らないといけなかった。ムイル選手は無視して。
5区の浦野雄平選手で逆転するという固定観念にとらわれすぎていたように思います。そういう意味で國學院大學は戦術が甘かった。
あそこでガンガン突っ込んで入って、追いつかせなければ、岸本選手も突っ込んできていた分、追いつけないまま後半もたなかったか、途中で先頭につくことを諦めて、自滅していたかもしれません。
土方選手は追いつかれてから慌ててペースを上げても、あとの祭り。
いいようにペースメーカーに使われてしまって、岸本選手としてはジョグのように付いていけば良かった。最後の足を残しながら…。
原監督も途中、土方選手や他校のエースがペースを上げないように『土方選手をペースメーカーに使え!』と、声かけをしていました。
土方選手がペースメーカーに使われることを嫌って、ペースを落として、岸本選手がつきやすいようにするためです。
さすが策士・原監督ですね。
原監督としては、後方から東洋大学のエース相澤晃選手が追いついてきても、別に構わなかったはずです。東洋大学にはたとえ2区で逆転されても、総合力では青山学院大学のライバルにはなれないからです。
2区は残り3kmで長い上り坂になりますが、その時点で岸本大紀選手が先頭集団に残っていたことで、原晋監督は『できるだけ先頭から離されずに、3区につないでくれ!』と思っていたはずです。
それと同時に『今年の箱根はもらった!』とも思ったのではないでしょうか。
勝負区間の3区4区に、どの大学よりも強力な鈴木塁人選手、吉田祐也選手という、絶対の自信を持っている選手を配置していましたから。それも、復路にも十分に強い選手を残しながら。
ところが、岸本大紀選手は原監督の予想以上にすごかった。2区の残り400mでトップに立ってしまいます。
これは嬉しい誤算だったはずです。2位の早稲田大学、3位の東海大学、4位の國學院大學とはほとんど差がありませんでしたが、とにかくトップでたすきリレーが出来ました。
この時点で、青山学院大学の優勝はほぼ決してしまいました。
3区の戦況
3区の主将、鈴木塁人選手には序盤に突っ込んで入るように指示していたはずです。
というより、2区以降の青山学院大学は、序盤の5km~10kmを突っ込んで入っています。そこからしっかり粘って、最後にもう一度スパートを掛けられるから、青山学院大学は強いのです。
後ろから追いかけているチームが、序盤を突っ込んで入って、追いつこうとするのはわかりますが、リスクもはらんでいます。
もし追いつけなければ、後でスタミナ切れを起こしてしまう危険性があります。
しかし、前を走る青山学院大学の選手も、序盤に突っ込んで入るので、後ろから追いかけているチームは、いつまでたっても差を詰めることができません。
さらにその後も粘られてしまうので、追いかけないといけないチームの方が根負けしてしまうのです。
この辺りも、人間心理をうまく突いた作戦です。
人間は何かを掴もうとする気持ちより、一度手に入れたものを失いたくないという心理の方が強いからです。
鈴木塁人選手は、序盤の5kmを13分48秒、10kmを27分52秒で入っています。これはトラックのタイムとしても、むちゃくちゃ速いです。
こんなタイムで走れることだけでも、鈴木塁人選手が学生トップクラスの選手であることがわかります。さらに、そこから残り10km以上を、そこそこのタイムで粘れるのだから驚きです。
3区の区間新記録を樹立して、トップに立った東京国際大学のイエゴン・ヴィンセント選手は世界レベルで別格すぎるので、ここでは触れません。ここで東京国際大学はエースを使い切るので、トップに立たれても何の問題もありません。
もう1人、國學院大學の青木祐人選手にも、鈴木塁人選手は後半追いつかれてしまいます。
しかし、追いつかれることがわかった時点で、少し休みながら青木選手に追いつかせて、しばらく後ろについた後、最後にスパートして青木選手を置き去りにしました。
序盤に大きく離されたのに、追いつける青木選手もすごいのですが、彼はハーフマラソン1時間1分32秒の凄まじい記録を持つトップ選手です。
並の選手なら絶対に追いつけなかったはずです。國學院大學としては、ここで青山学院大学を突き放せなかったのが残念ですね。
4区の戦況
4区を走った吉田祐也選手は、トップを走る東京国際大学にはそのうち追いつけるので、気にしていなかったはずです。
3位の國學院大學の中西大翔選手は、序盤に突っ込んで入って、吉田選手に追いついてきました。
でも、実力は吉田祐也選手の方が上。余裕をもって追いつかせてから、ペースアップして離していくという残酷な方法で、國學院大學の心までへし折りにかかりました。
結果として、中西大翔選手も区間3位ですから、1年生とは思えないくらい優秀な選手なのですが、今回は相手が悪かったです。
吉田祐也選手も序盤から飛ばして、14km手前で予定通り追いついて、トップを独走してしまいました。
これにより、青山学院大学は総合優勝をさらに堅いものにしました。仮に國學院大學に5区で逆転されても、総合優勝には何の影響もありませんしね。
5区の戦況
5区を走った飯田貴之選手は、前回8区を走って区間2位。十分すごい成績ですが、東海大学の小松陽平選手に離されてしまったことで号泣していた姿が印象的でした。
今回はたすきを受け取った時点で、目論見どおりトップに立っていましたし、4位・東海大学との差は1分58秒にまで開いていました。
3位から追ってくる國學院大學とは1分28秒差。
國學院大學には追いつかれても、総合優勝には影響ありませんが、やはりアスリートしては追いつかれるわけにはいきません。
飯田選手はかつて山の神といわれた青学の先輩・神野大地選手に、山登りの走り方のレクチャーを受けたことでしょう。
後ろから不気味に追ってくる國學院大學のエース浦野雄平選手との差を気にしながらも、とにかく焦らず設定したペースを確実に刻んでいきました。
浦野選手は前半に突っ込みすぎた影響か、後半に失速してしまいます。
結局、差は詰まるどころか、逆に開いてゴール。飯田選手は区間2位で走り抜きました。
終わってみれば、原監督の目論見どおりにレースは進みました。往路が終わった時点で、ライバルだった東海大学とは3分22秒差。
これで完全に勝負ありでしたね。
復路の戦況
往路でライバル東海大学に、圧倒的な差をつけた青山学院大学。
6区以降の復路も、青山学院大学の選手は序盤に突っ込んで入って、東海大学との差を広げて、後半しっかり粘るという走法でした。
東海大学の選手も必死に追いかけ続けましたが、少ししか差が詰まらない。こう思ったことでしょう。
『こんなに無理して追いかけているのに、差が詰まらない』
8区の岩見秀哉選手は単独走だったので、気持ちよく走ることができて、去年のブレーキを払拭するような素晴らしい走りでした。
彼は実力のある選手ですが、話し方からして優しすぎる性格で、バチバチのシバキ合いには向いていないと思います。
9区では神林勇太選手が実力どおり快走して、東海大学との差はさらに広がっていきます。
10区・湯原慶吾選手も油断なく攻めて走っていたので、全く危なげなかったですね。
走っている選手は最後まで不安はあったでしょうが、見ている分には全く危なげなかったです。
原晋監督がレース前に言っていたように、戦術駅伝という名にふさわしい戦いっぷりでした。
青山学院大学は一度たりともトップに立たせてはいけない
今回もそうですが、青山学院大学の選手は、序盤に突っ込んで入って、その後もしっかり粘って、最後にまたスパートするという、リスキーで極めてキツイ走り方を全員ができています。
王者がこういう走り方をする以上、他の大学も同じ走りができないと勝負になりません。
その上で、青山学院大学に勝つためには、青山学院大学は絶対にトップに立たせてはいけません。
トップでたすきを受け取った瞬間、青山学院大学の選手は突っ込んで入ります。
後から追う大学の選手は、追いかけても追いかけても、青山学院大学との差は縮まらない苦しい展開になります。
『無理して追い続けると、こちらが最後までもたない』
そして青山学院大学を追うのを諦めるという思惑通りの展開になりやすくなります。
青山学院大学がトップに立った瞬間、ジエンド
青山学院大学が2015年・第91回箱根駅伝に初優勝してから、トップに立った区間を調べてみました。
すると、第91回5区、第92回1区、第93回3区、第94回3区、第95回3区、第96回2区となっています。
そして、そこからトップを明け渡したのは、95回、96回大会だけです。
95回大会は思わぬブレーキがあり逆転を許しましたし、今年96回も3区で東京国際大学のヴィンセント選手が世界レベルの走りをしたため順位を下げましたが、それ以外は一度トップに立つと、そのままゴールしています。
ですから、青山学院大学に本気で勝とうとする大学は、青山学院大学のやろうとしていることの逆をやらないといけないはずです。
素人考えではありますが、常に青山学院大学の前を走って、追いつかせず、焦らせないといけません。
「今年の箱根駅伝は、どこが勝つのか全くわからない」というドキドキを、最後まで味わいたいですね。
最後に
青山学院大学が箱根駅伝で勝つための戦略、いかがだったでしょうか?
青山学院大学が弱者の立場で戦うって、東海大学がいかに強かったかということですね。
箱根駅伝、そして陸上競技がもっともっと盛り上がっていって欲しいですね。
こんなにも体を酷使して、皆さん頑張っているのですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。